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エッセイ・コンクール

第3回エッセイ 過去の受賞作品を紹介いたします

最優秀賞

梅桃 糸魚川誠子【岐阜県】

 梅雨が明け、山々から潤った風が吹いて来ると、私の頭にはある風景が浮かんで来る。息子が小学一年の初夏のことだ。
 1600gという小さな体で生まれた息子は小学生になってもひどく小柄な子だった。その小柄な体で小一時間かかる小学校まで通うことを考えると本当に心配で、入学当初は後ろからこっそり付いて行ったり、途中まで迎えに出たりしたものだった。小さな体に背負われたランドセルは息子の体をフラフラさせ、何度も肩からずり落ちそうになっていた。
 道端の黄色いタンポポが綿毛になって飛んで行く頃、息子が言った。
「お母さん、もうお迎えに来なくていいよ。僕一人で帰れる。」
 約束どおり迎えに行くのは止めたものの、やはり帰りの時刻になると外に出て、帰って来る方向を見つめてしまう日々であった。
 その日は帰りがやけに遅かった。何かあったのだろうかとヤキモキしながら待っていた私の目に飛び込んで来たのは、手足にすり傷をし、服を血で汚した息子の姿だった。
「どうしたの?」と駆け寄ると、下校中に転んで怪我をした、鼻血も出たと言う。なるほど鼻には鼻紙が詰めてあり、手足のすり傷も手当てがしてある。近くの家からおばあさんが出て来てやってくれたと言う。泣いたのだろう、顔も赤く腫れていた。
 ああ、やはり途中まで迎えに行けば良かった。どんなに心細かっただろう。そう思っていると、息子は小さな手を開いて手の中に握っていたものを見せた。
「もう泣かんと、これ食べながら頑張って家まで歩いてお帰りって、そのおばあちゃんがくれた」
 それは赤い梅桃(ゆすらうめ)だった。学校から家までのちょうど中間地点ぐらいの所に生垣に赤い実をつけた家があるのを思い出した。
「おいしかったよ。食べながら来たら痛くなかった。いっぱい食べながら歩いてたら、お家に着いちゃった。」何て有り難いこと。心の中で手を合わせた。自然に涙が出て来た。この子はちゃんと地域に守られ、育てられていたのだ。今まで早産で小さく産んでしまったことに罪悪感を感じ、とにかく人並みに、と一生懸命育ててきた。いつの間にか、自分がこの子を守らなきゃ、と肩に力が入っていたのかもしれない。でも、知らないうちにこの子はちゃんと「地域の子ども」になっていたのだ。梅ゆすらうめ桃の甘酸っぱい香りが「一人で頑張らなくてもいいんだよ。」と言っているような気がした。肩の力が抜けて涙になって出て行くように感じた。
 そんな私を見て、息子が手の平に最後に残った梅(ゆすらうめ)桃の一粒を差し出して言った。
「これ、お母さんにあげるからもう泣かんと。」
ああ。胸の中が温かいものでいっぱいになった。思わず息子をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。ありがとう。」
溢れる涙で、そう言うのがやっとだった。

【受賞の言葉】
結婚して10 年目に二男一女の三つ子を授かってから一番変わったのは、私自身だと思います。妊娠期から15歳になった現在まで、本当にたくさんの人に支えられ助けられてここまで来ました。子ども達と一緒に私も育てられてきた気がします。この話は、今、「ぎふ多胎ネット」や「ひろば」で子育て支援に関わるようになった私の原点です。これまでに受けた温かさを次の世代に伝えていくことが私の役目かもしれないと感じています。


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