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エッセイ・コンクール

第1回エッセイ 過去の受賞作品を紹介いたします

最優秀賞

親父の勘違い 菅沼孝治【兵庫県】

 娘が来月嫁ぐ。二人目であり、これで子供たちはすべて、独立することになる。親としてやれやれだ。
「これで子育ても終わったな」
 ふと漏らした一言に、横でクッキーを摘んでいた娘が、聞きとがめるように顔を覗き込んできた。
「子育てって。お父さん、何かしたん?」
「何って、お前。お風呂に入れたり、おしめを替えたりやろ」
「そんなん、してもらったことないよ」
「何を言うてんねん。赤ちゃん時代のことをお前は覚えてないだけや」
「いいや。ほんまにしてもらったことない。みんなお母さんやった」
「うーむ」
 確かに、いわゆる子育てというものを自慢できるほどしたかと問われると、多少、後ろめたい。仕事にかこつけ、妻に大半を委任してきたのも事実だ。それにしても……。
「全然してないことはないねんで。例えば……」
「お姉ちゃんをお風呂に入れてて、湯船に落としたんやろ」
 そうだ。長女が二ヶ月くらいの頃、お風呂を任され、つい手が滑った。慌ててすくい上げようとしたが、気が動転してうまくいかない。その間、長女は湯の中でもがいていた。あれ以来、お風呂は入れさせてもらえなかったような……。
「しかし、おしめは……」
「ウンチが指について、大騒ぎしたらしいやん。それもお姉ちゃんのときや」
 そうだった。あの事件後、おしめの取り替えは苦手科目となった。
「けどなあ、海水浴や家族旅行は連れて行ったがな」
「いつも自分の行きたいところばっかりやったね」
 なるほど。言われてみればそうかもしれない。つまり、わたしは子育てにほとんど貢献してこなかったのか。初めて気づいた意外な事実だ。
 目の前の湯飲みを取り上げ、口もとに持ってくる。中はカラっポだった。
「そんなに落ち込まんでもええよ。こうして無事に育ったんやから」
 そう言って、お茶をつぎ足す娘に、うなずいて弱々しい微笑みを返した。
 口に含んだお茶が、いつになくほろ苦い。

【受賞の言葉】
 子育て失格親父の話にもかかわらず、賞を授けていただき誠に光栄です。貴プロジェクトの権威が失墜しなければよろしいのですが。『子供を育てた』という事実は、周囲にあまり認知されていないのですが、『子供に育てられた』実感は多々あります。似たようなものですよね。


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