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エッセイ・コンクール

第5回エッセイ 過去の受賞作品を紹介いたします

文部科学大臣賞・最優秀賞

「えんぶり」で育つ子ども達 藤田智恵子【青森県】

 青森の県南地方には、八百年の歴史と伝統を持つ「えんぶり」という郷土芸能がある。国の重要無形民俗文化財にも指定される、北国に春を呼ぶ祭りだ。
 私の住む小さな町からは、八十歳を過ぎた長老から小学生までが、えんぶり組として二月の祭りに参加する。親方を頭に、舞手達、笛、手平鉦、太鼓、唄い手、旗持ち、それに二十名程の舞子の子ども達が加わり、総勢五十名前後で大変にぎやかに構成される一団。
 私の夫も唄い手として一員を務める。成人した我が家の三人の息子達も、子ども会時代は舞子役で参加していた。この子どもえんぶりの練習がまた、寒く厳しい。底冷えの冬場、近所の集会所では毎晩のように指導の熱く荒い声が飛ぶ。低学年の子は
「練習行ぎたぐねぇ」

 と、ぐずぐずリタイア寸前になり、上学年の子が、騙し騙し面倒を見ての練習が続く。
 けれど、いざ本番晴れ舞台、ぴんと澄んだ空気、大観衆のヤンヤの喝采……苦しい練習が実を結ぶ。出番が終わり緊張が解けた子ども達の笑顔は、誇らしげですがすがしい。
 子どもえんぶりを経験し、親元を巣立った三人の息子達は「えんぶりは自分の中の芯」と口を揃える。郷土の記憶は、えんぶりの記憶と重なり、いつもどこかで自分を支えてくれるのだと。帰省の度に息子達は、えんぶり談義に花を咲かせ盛り上がっている。
 練習合い間の休憩タイムでの、長老の昔話が、今も変わらず子ども達の一番人気。
「おまえのじっちゃは、逃げ足速くてなー」
「おまえの父ちゃんは、悪ガキ鼻たらし」
 白髪頭を取り囲み、子ども達はゲラゲラ腹を抱える。そして話は町の成り立ち、歴史に及ぶ。昔の学校、人々、田んぼの姿……。時代のタイムスリップに、子ども達は目を輝かせる。「町の昔と今」を紡ぐ話に、皆がひとつになり共有する豊かな時間がそこにある。
 秋も終わりのある日、えんぶり組の中心となる高校一年生の男の子が、学校を辞めたという話が伝わってきた。理由があってのことだろうが、自宅にこもっているらしい彼を皆で案じた。えんぶり練習まで、あと一カ月。果たして彼は、練習に来てくれるだろうか…。
 練習初日、周囲の心配をよそに、彼は遅れず集会所にやって来た。いつもより、ぎこちない笑顔。けれど、すぐに仲間の輪に加わった。そして、練習に一日も休むことなく通った彼は、祭り本番終了後、思いの丈を夫に語ってくれたという。自分は定時制高校に通いながら働くと決めたこと、えんぶりが自分の居場所だったこと、地域の為に役立つ人間になりたいこと……光あふれるその瞳は、誇らしげだったと夫は声を詰まらせていた。
 この町の子ども達は、えんぶりを通し地域に育てられている。豊かな文化を守り継承していくその先の未来は、真っすぐで明るい。

【受賞の言葉】
 このたびは大きな賞に選んでいただき、誠にありがとうございました。青森の県南地方には「えんぶり」という郷土芸能があります。
この「えんぶり」を通し私の住む町の子ども達は、地域に育てられています。地域コミュニティーは、社会のルールを教える学校の役割になるのでしょう。そこで子ども達は豊かに成長しています。これからも、かけがえのない文化を次の世代へと継承しながら、地域全体で子育てをしていきたいと思います。


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